「一人でやるから、不正が起こる」正にそんな事件を紹介します。
本日は、鶴洋商事という中小企業での一人経理で5年で1.5億円も着服していたという事件を、経理マンの視点で解説します。
金額の大きさもありますが、その不正の手口は意外なものでした。
ただ騒ぐだけのワイドショーやまとめサイト的な説明ではありません。
なぜこのような事件が起こるのか?、実は大企業の支配下にあった?ということも紹介します。
結論:杜撰なようにも見えるが、中小企業ならもしかして氷山の一角?
事件の概要は?
報道などからニュースを紹介します。
- 経理の課長を務めていたA氏は2014年4月~2019年5月まで60回以上に渡って、会社の預金口座から自分の口座に送金を繰り返していた
- その額がなんと1億5,600万円だった
- その着服したお金は、洋服などのブランド品として使っていた
- 警視庁は業務上横領の疑いで、その女性を逮捕した
- 女性は容疑を認めている
- 今年2020年になり、横領が発覚していた
- 女性は新卒で入社して、25年間勤めた会社だった
以上が事件の概要です。
最初に思ったのは、会社の口座から自分の口座に直接預金を移動させるという非常に古典的なやり方だなと感じました。
このやり方で5年間もバレなかったのが、びっくりという感じです。
この女性は発覚を逃れるために、適当な費用として計上していたとされています。
一般的に着服する場合は、2つのパターンがあります。
ここがこの記事で一番強調しておきたい点です。
一つはこのような費用として計上するパターンです。
5年で1億5,600万円なので、単純平均で1年で3,000万円ちょっと費用が増えていたという計算になります。
つまり、それでも気が付かないくらいの利益があるということでしょう。(少なくとも1億以上はないと、明らかに利益が減っておかしくとバレそう)
2つ目は売掛金や未収入金としてBSの資産に計上しておくパターンです。
これは永遠に回収されないものになるので、残高確認などで不正が発覚する可能性が高いです。
残高確認って何?という方はこちらをご覧下さい。
www.finance-accounting-value.com
ただし、こちらの場合はPL(利益)に与える影響がないので、PLはキレイなままです。
今回はPLでの調整をしていて、これが発覚したのですが、発覚までに5年かかっているのはなぜなのでしょうか。
会社について調べてみました。
会社はどんな会社?
事件があった会社鶴洋商事について紹介します。
海事関連商社として、船舶用の塗料、売買船仲介、燃料・潤滑油などを取り扱っているようです。
設立は1984年、資本金は3,750万円。
従業員数は26名と比較的小さな会社です。
株主として鶴見サンマリン株式会社(60%)と、TSマリン株式会社(40%)があります。
このような比率であれば、40%の株主は見る必要はあまりありませんが、先にTSマリンを見てみます。
こちらの株主は鶴見サンマリンとなっており、結局は鶴洋商事は鶴見サンマリンが100%出資しているようなものです。
ちなみに鶴洋商事の監査役の中西氏は、鶴見サンマリンの常務取締役だった人物のようです。
そして鶴見サンマリンを見てみます。
鶴見サンマリンは1947年創立で、資本金も3億9,200万円と大きい会社です。
代表取締役社長を務めるのが、馬越氏で、確かにTSマリンと鶴洋商事の取締役としても名前があります。
従業員は185名となっています。
ここで注目したいのが鶴見サンマリンの株主です。
主要株主として、最初に記載があるのがENEOS株式会社です。
株主としての比率が大きい順に記載するのが普通なので、筆頭株主はENEOSなのでしょう。
ENEOS株式会社はENEOSホールディングスの子会社となります。
ENEOSホールディングスは、日本で7位の10兆円の売上を誇る企業です。
そのENEOSの持分法適用会社が鶴見サンマリンのようです。
ただし、有報では数が多すぎるため、鶴見サンマリンの社名は確認できませんでした。
この172社の中に、鶴見サンマリンがあるはずです。
持分法適用会社とは、株式の所有比率が20%超~50%以下の会社を指します。
もしも50.1%以上なら連結子会社という、より親会社の支配力が高い会社となります。
持分法適用会社は連結子会社よりは支配力が弱いけど、かなりの影響力を持っているということです。
ちなみに官報によれば、鶴見サンマリンの当期純利益の3期前から推移は、3.9億円→3.5億円→3.1億円で、3年間は黒字決算です。
なぜこんなことが起きる?
鶴洋商事が20年4月に次のようなリリースを出していました。
なぜ、このような不正が起こってしまったかですが、理由は簡単で一人で経理を担当しているからです。
ニュースにも当時は、一人で経理を担当していたというように紹介されていました。
さらに付け加えるなら、経理担当が複数いても、勤続が長く一担当者しか分からないことが多くあると不正に繋がりやすいという側面もあるでしょう。
ただし従業員が30人にも満たない組織であれば、経理担当が一人でもおかしくはありません。
管理部門の人を増やすよりも、営業を増やしたいという気持ちもよく分かります。
それでも、少なくとも2名は経理が分かる人材が必要だと思います。
そうでなければ適当な科目で費用を水増しして、会社の口座から自分の個人口座に送金するという普通ならありえないやり方で不正をしても、中々気づかれないということです。
ただ、他の中小企業にはニュースになっていないだけで、こういった不正があるのでは?と思ってしまいます。
国税局も元社員の現金が明らかに大きくなっていたわけで、もしかしたらこの方面から発覚したのかもしれません。
もう一つ挙げるなら、監査が不十分ということもあるでしょう。
非上場の中小企業なら尚更、監査役が求められている役割を充分に果たせていないということがあります。
上場会社でも監査役として会計の面で、しっかりと役割が果たせる人材は少ないと思います。
年齢の問題もありますし、経理出身でない方が監査役に就任して監査を本気で学ぶか?という話もあります。
監査役というシステムの限界もあるのかもしれません。
そして不正が発生しない仕組みを考えていくしかないでしょう。
ENEOSとしても、持分法適用会社なので、過度に鶴見サンマリンや鶴洋商事に干渉することは難しく、この点も考慮すべきでしょう。
これは例えるなら、親戚の子供が何か悪いことをして、それを注意しきれないようなものでしょう。(自分の子供ならしっかり叱ることが出来る)
この影響とは?
最後に、この不正の影響を少しだけ考えます。
まずは、元社員がブランド品などに使った1億円以上は戻っては来ないでしょう。
鶴洋商事としては費用として処理することになるでしょう。
ただし、税金の部分ではこれを費用としてカウントはしてくれない可能性があります。
元々、PLの適当な科目で費用処理していた部分については、税務では費用とは認められないので、この分で税金を追加で支払う必要があったでしょう。
これは交通違反などの費用は、税金を計算する上では費用にはならないということと同じです。
この元社員の後任の方は、余計な仕事が増えて大変だと思います。
しかもほとんど再現性がない仕事で、後々のキャリアで役に立つとも思えないのがまた悲しい。
つまり、税務の部分での影響が大きく、税金を余計に支払う必要があるということです。
仮にBSの売掛金などで不正をしていれば、もうちょっと税務では事後処理が楽だったかもしれません。
まとめ
本日は鶴洋商事の元経理課長が1.5億円着服のニュースを解説しました。
まとめると、
- 元社員の一人経理が5年に渡り1.5億円を横領した
- 社員は新卒から25年、その会社で働いていた
- 手口は古典的で、よくこれがここまでバレなかったのが不思議
- 鶴洋商事は鶴見サンマリンの子会社で、鶴見サンマリンはENEOSの持分法適用会社
- 経理が一人かつ、その仕事をずっと同じ人間が担当することが不正のきっかけとなった可能性が高い
- 非上場会社の監査役の監査機能には限界がある
- ENEOSも持分法適用会社で過度に干渉が出来ない
- 税務の部分で影響があり、それはPL上で不正をしたからより手間が増えた
経理の着服のニュースは年に何回か見ますが、上場会社の経営者などからすると、同様の事例がないか確認するのが本当に怖いのではないでしょうか。
人間は時として欲望に負けてしまう弱い生き物なので、とにかく仕組みで防ぐしか方法はないのだと強く思います。
MBA経理課長・団達也の不正調査ファイル―ストーリーでわかる管理会計 (日経ビジネス人文庫)
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ここまでお読みいただきありがとうございました。